昔わたしは河童でした

Long long time ago、おそらく20~21くらいの頃。岩手県の盛岡市にあったアミューズメント室内プールで、20分くらいのショーを一日数ステージやるっていう仕事をやらせて頂いた時があって、ダンサーチームは全部で5人。交代で常勤しながら年間を通して数ヶ月、共同生活していました。ショーの物語は「銀河鉄道の夜」。ダンサーは女子5人。他はJACの役者さん(現 JAE)。プール奥手にあるステージと広~い波のプール。実際に波を起こしたプールの中を潜ったり飛んだり落ちたり、主人公ジョバンニとカンパネルラは、施設のバカ高い天井からワイヤーで吊るされ登場します。一方、河童の衣装(ウエットスーツ素材)を着た私たちダンサーは、水際の浅瀬で踊ったりお芝居したり、見ているお客さんに話しかけたり。楽しかったな~。ちなみにあの時の歌、今でも歌えます(笑)あ、そして言っときますけど河童の衣装もぜんぜん可愛かったです(笑)!でね、ある時、まさかのジョバンニがどんな理由か忘れましたけど出れなくなって、それどうしたもんか…ってなった時、何故かわたし、挙手しました。「わたしジョバンニ、やりたいです!」え。笑! 確か出演者みんなで夕食の食べに行ってた時だったと思います。テーブルには冷麺がありました。隣に座っていた演出家(JAC)に、わたしジョバンニ、やってみたいです!!って言ったら、じゃぁやってみるか!ってなりました。そして、次の時にはわたし、ワイヤーで吊られながら地上数十mから降りて来てました(笑)!そうです。これがわたしの、女優デビュー。笑当時、わたしの中には踊るってことと演技ってことに寸分の違いはなくて、ただ色んな事をやってみたかっただけで、それが演技だろうがなんだろうが、知らないことにチャレンジしたかっただけで、人に見てもらえて、みんながキラキラした顔してて、喜んでもらえてる感触がわたしも嬉しかったし楽しかっただけで、ショーはたったの20分だけだったけど、踊る河童も、演技するジョバンニも、わたしの中では一緒でした。ただ楽しくて、ただそこに発見がたくさんあって。好奇心が故。いつも思うのは、ジャンルやカテゴリーなんて後付けで誰かが付けたもので、枠なんてあって無いようなものな気もします。そしてその枠を取っ払うのは自分の好奇心だけ。好奇心がきっかけになって枠を超えて、それが自分にフィットするかどうかだけだと思います。出来るか出来ないかじゃない。フィットするか、しないか。何かひとつを追求していけば、自ずとそこに辿り着いちゃう気がしますわたしはそう思います。自分の場合は、もとから好きだったってのもあります。きっと。もともと好きなんす。フィット探しが好きなんす。好奇心は旺盛です。すぐに「ナニコレ?何なの??」て思っちゃう方です。角度を変えれば、ひじょーに疑り深いです。はい。笑話が逸れたけど、いづれにせよ好奇心がなかったらダンス以外に何していいかわからないし、自分にフィットしていく感覚を楽しめなければ追求しても途中でつまんなくなってただろうし、だとしたら、そもそもダンスすら続かなかったんじゃないかしらって。あゝよかった。。あたし、好奇心が旺盛で。笑アレの為にコレが必要、アレが出来ないとコレしちゃいけない、だなんてそんなの明確じゃない。1+1の答えなんて知らない。追求なんて、謎解きみたいなものでしょう?その謎解きを楽しめなかったら、追求なんてやってらんない。全ては謎解き。なんで踊るのか。その謎解きを楽しんでる。それを楽しめるのも、生まれ持った好奇心があるおかげ。お父さん、お母さん、ありがとう。とても根本的ね。なぜわたしが河童からジョバンニになったのか、今なら良く分かります。そして今もなお、河童とジョバンニを行き来しているわたし。だってそこに枠なんて無いから。あるのは未だ、好奇心だけ。なーんか、急に暑くなって急にあの時の事を思い出して、文字を打つ手が止まらなくなってしまいました。思えばあの時も夏だったなぁ。会場からの帰り道、みんなで移動に使っていたハイエースを農道に停めて車のライトを消すの。そして私たちは道端に寝転がって、真上には東京じゃ絶対見れない満天の星空と、地上には無数の蛍の光。お気に入りを集めたカセットテープから聞こえる曲は4pm『SUKIYAKI』。みんな黙ってこの曲を聞きながら大の字で道端にずっと寝転がってた。暑い暑い夏の思い出。一生の思い出。あゝ青春だわ。。。(>_<)ご静聴感謝。2016。初夏。
何度も登場してますが相すいません。こちらは天狗さま。

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當間里美 jazz dancer / tap dancer / choreographer

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